東京高等裁判所 平成7年(行ケ)119号 判決 1997年1月29日
東京都大田区中馬込3丁目28番7号
原告
山一電機株式会社
代表者代表取締役
山中一孝
訴訟代理人弁理士
中畑孝
東京都千代田区霞が関三丁目4番3号
被告
特許庁長官 荒井寿光
指定代理人
三原裕三
同
園田敏雄
同
幸長保次郎
同
伊藤三男
主文
特許庁が、平成6年審判第1605号事件について、平成7年2月24日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1 当事者の求めた判決
1 原告
主文と同旨
2 被告
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
原告は、昭和63年3月10日、名称を「スロットレス形ICキャリア」とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願をした(特願昭63-57898号)が、平成5年12月22日に拒絶査定を受けたので、平成6年1月20日、これに対する不服の審判の請求をした。
特許庁は、同請求を平成6年審判第1605号事件として審理したうえ、平成7年2月24日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年3月29日、原告に送達された。
2 本願発明の要旨
薄形で略方形を呈する台盤から成るICキャリアであって、該台盤中央部にICパッケージの本体を陥入する該台盤表面において開放せるIC収容部を備え、該IC収容部に陥入されたICパッケージ本体を該IC収容部内に保持するロック手段を備えたICキャリアにおいて、上記IC収容部周囲の台盤部に上記ICパッケージ本体から二側方又は四側方へ突出されたリード群を支持する台盤表面から段差を存して形成されたリード支持座を有し、該リード支持座はその全巾においてリード個々を収容するスロットを有しないフラットな表面から成る上記台盤表面において開放せるリード支持面を備え、該リード支持面と上記段差とにより画成されたリード収容部にリードを収容すると共にリード支持面にてリード群を上記各側方に突出された列毎に一括して支持するように構成したことを特徴とするスロットレス形ICキャリア。
3 審決の理由
審決は、別添審決書写し(審決書中の13箇所の誤記は別添審決書訂正一覧表のとおり訂正されたものとする。)記載のとおり、本願発明は、本願出願前の周知慣用技術を参酌しつつ、本願出願前に頒布された刊行物である実開昭61-193083号公報(以下「引用例1」といい、その発明を「引用例発明1」という。)及び特開昭60-99542号公報(以下「引用例2」といい、その発明を「引用例発明2」という。)に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明できたものと認められ、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとした。
第3 原告主張の審決取消事由の要点
審決の理由中、本願発明の要旨及び引用例の各記載事項の認定、本願発明と引用例発明1との一致点、相違点の認定は、後記の点を争い、その余は認める。相違点(1)の判断は認めるが、相違点(2)の判断は争う。
審決は、本願発明の技術的意義を誤認したため、引用例1の記載事項の認定を誤り(取消事由1)、本願発明と引用例発明1との一致点の認定を誤り、相違点を看過し(取消事由2)、相違点(2)の判断を誤り(取消事由3)、その結果、誤った結論に至ったものであるから、違法として取り消されるべきである。
1 取消事由1(本願発明の技術的意義の誤認、引用例1の記載事項の認定の誤り)
(1) 本願発明の技術的意義の誤認
審決は、本願発明の要旨の認定に関して、「『該リード支持面と上記段差とにより画成されたリード収容部にリードを収容すると共にリード支持面にてリード群を上記各側方に突出された列毎に一括して支持するように構成した』ことは、全巾においてフラットなリード支持面を設けた結果としてリード群を一括して全巾にフラットな支持面で支持するものと解されるので、・・・『リード支持面』が全巾において『フラット』であることを更に別の観点から重ねて記載したものにすぎないから・・・リード支持面はその全巾においてフラットな表面から成る上記台盤表面において開放せるリード支持面を備えた面であることを意味するものと解され、このように解するのが相当である。」(審決書4頁3~19行)としているが、以下に述べるとおり、本願発明における「台盤表面から段差を存して形成されたリード支持座」の有する技術的意義を誤認したものである。
本願発明は、その要旨に示すとおり、「台盤中央部にICパッケージの本体を陥入する該台盤表面において開放せるIC収容部を備え」るものであり、この「IC収容部周囲の台盤部に・・・台盤表面から段差を存して形成されたリード支持座」を有するものであるから、IC収容部の周囲の台盤部は、IC収容部を囲む台盤部であって、このIC収容部を囲んでいる台盤部表面から段差を存して形成されたリード支持座は、本願図面第7図、第8図(甲第5号証)に示すリード収容部を囲繞する段差を有する支持座として特定している。
この構成の持つ効果につき、本願明細書(甲第15号証)には、「又本発明によればICパッケージ本体をIC収容部に陥入しつつリード群をリード収容部に収容しリード支持面に支持するので、各収容部を包囲する台盤のフレームにて上記リード及びICパッケージ本体の保護目的が有効に達成でき」(同号証明細書6頁25~27行)と記載されている。
したがって、本願発明の上記構成は、「該リード支持面と上記段差とにより画成されたリード収容部にリードを収容する」こと、そして「上記段差を存して形成されたフラットなリード支持面」にリード群を一括して支持する構成のものであることを規定したものであって、この構成を、審決のように単に「リード支持面」が全巾において「フラット」であることを更に別の観点から重ねて記載したものにすぎない、と解するのは誤りである。
(2) 引用例1の記載事項の認定の誤り
審決は、引用例1に、「IC収容部周囲のIC保持基盤部に上記ICパッケージ本体から四側方へ突出されたリード群を支持するIC保持基盤表面から段差を存して形成されたリード支持座を有し、該リード支持座はその全巾においてリード個々を収容するスロットを有するフラットな表面から成る上記IC保持基盤表面において開放せるリード支持面を備え、該リード受容溝は、該リード受容溝と上記段差とにより画成されたリード収容部にリードを収容する・・・ICキャリア」(審決5頁9行~6頁1行)が記載されていると認定しているが、誤りである。
引用例1は、台盤中央部にIC本体を陥入するIC収容部を形成することによって、結果的にIC収容部を包囲することとなる台盤表面を有しているが、このIC収容部を包囲する台盤表面から「段差を存して形成された」リード支持座を有していない。
すなわち、引用例1(甲第2号証)においては、その図面第2図から明らかなように、リード支持面とIC押え収嵌部とが同一平面内に存し、この平面の中央部(台盤中央部)にIC本体を陥入するIC収容部を配しており、このリード支持面及びIC押え収嵌部を形成する表面がIC収容部を包囲する台盤表面を形成していると理解するのが相当である。このことは、引用例1に、「IC収容部4の周辺に隔壁端面によって画成されたIC押え収嵌部14を形成する。」(甲第2号証明細書6頁1~2行)との記載からも明らかである。
したがって、引用例1における台盤表面はリード支持面と同一平面内のものであり、被告主張のような端部隔壁の表面を意味するものではない。引用例1の図面第1図~第4図から明らかなように、引用例1は、この端部隔壁の表面の中央部にIC本体を陥入するIC収容部が設けられていないし、IC収容部がこの表面において開放する構成を有していないのであるから、端部隔壁の表面が本願発明の台盤表面に相当するものではない。
さらにまた、「全巾においてリード個々を収容するスロットを有する・・・リード支持面」にすることは、スロットが存在するために全巾においてフラットでないことを意味するのに対し、「全巾においてフラットな表面から成る・・・リード支持面」にすることは、全巾においてスロットや隔壁を有しないことを意味するから、両者は互いに相反する構成であって、これを同一視することは明らかに論理矛盾である。
この意味においても、審決は、引用例1の記載事項の認定を誤っている。
2 取消事由2(相違点の看過)
審決は、本願発明と引用例発明とは、審決認定の相違点(1)(2)の点を除いて、その余の点で一致すると認定している(審決書6頁13行~7頁6行)が、誤りである。
審決の相違点(1)(2)の認定自体は正しいが、引用例発明1は、上記のとおり、本願発明の「台盤表面から段差を存して形成された」に相当する構成及び「リード支持面と上記段差とにより画成されたリード収容部」に相当する構成を有していないから、本願発明とは、本願発明が「台盤表面から段差を存して形成されたリード支持座」を設けた点(相違点<1>)、「フラットな表面から成る上記台盤表面において開放せるリード支持面を設けた点」(相違点<2>)及び「台盤表面において開放されたIC収容部にICパッケージ本体を陥入する構成としつつ、上記フラットなリード支持面と上記段差とにより画成されたリード収容部にリードを列毎に一括して収容し、上記フラットなリード支持面に支持する構成にした点」(相違点<3>)においても相違すると認定しなければならない。
したがって、審決は、一致点の認定を誤り、相違点を看過したものである。
3 取消事由3(相違点(2)の判断の誤り)
審決は、本願発明と引用例発明1との相違点(2)、すなわち、「本件発明が『リード収容部においてリード個々を収容するスロットを有しない』のに対して、引用例1に記載の発明がリード収容部においてリード個々を収容するスロットを有する点」(審決書7頁4~7行)の判断において、「引用例1に記載の発明において、リード収容部にスロットを設ける主旨からして、個々のリードを受容するためのスロットを有し、そのスロットが個々のリードの巾に応じた巾、リード同士の間隔に応じたスロット間隔に設けられたリード受容部に適合するリード群しか受容できないことは明らかである。また、そのスロットを削除すれば、スロット巾、スロット間隔にとらわれないリード群を一括して受容できることもその主旨から導き出される自明の技術事項である。」(同8頁4~13行)としているが、誤りである。
リード個々をスロットに入れて保護するという思想と、スロットに入れないでリード群列を一個の収容部に収容しフラットな段差付きリード支持面に一括支持するという思想とは、互いに全く異なる設計思想に立脚するものであり、本願発明とは互いに逆行する技術的思想を基礎として成り立っている引用例発明1から、本願発明が容易に予測しえたとすることは、理由がない。
また、引用例発明1のスロットを削除したのみでは、ICリード全体が支持面bに無防備な状態で露出されることになり、リード側面ばかりか、リード先端面が外因により損傷を免れない結果となってしまい、ICキャリアとしての商品目的を達成することは困難である。
本願発明は、引用例発明1と相違する前示相違点<1>~<3>に係る構成に由来する作用効果として、「又本発明によればICパッケージ本体をIC収容部に陥入しつつリード群をリード収容部に収容しリード支持面に支持するので、各収容部を包囲する台盤のフレームにて上記リード及びICパッケージ本体の保護目的が有効に達成でき、加えてリード支持面における台盤表面の開放部からリード収容部内ヘソケットのコンタクト群を入れて同支持面上に支持されたリード群に接触する機能をも確保し、従来の如くコンタクトがリード収容スロット隔壁に乗り上げて損傷する問題も併せて解消できる。」(甲第15号証明細書6頁25行以下)との格別の作用効果をもたらすものであって、単に引用例発明1におけるスロットを削除した構成のものとは構成並びに作用効果において顕著な差異を有するものである。
なお、被告が援用する実開昭61-117177号公報(乙第1号証)、特開昭60-99881号公報(乙第4号証)、実開昭62-41683号公報(乙第5号証)は、リード個々を各スロットに個別に挿入して保護するICキャリアを示すだけのものであるし、特開昭61-120434号公報(乙第2号証)、実開昭60-109325号公報(乙第3号証)も、本願発明におけるICキャリアに保持されるICパッケージそのものを示すにすぎず、これらから、本願発明における「段差」の目的、機能を予測することは全く困難である。
また、引用例2に記載された「P.C.Bの一部分30」及び「ジグ10」はいずれもICパッケージを保護し、運搬備蓄に供する手段ではないし、ICパッケージをバックアップしてリード収容部にコンタクトを受け入れてICソケットとの接触を図る手段でもない。
まず、P.C.Bは、Printed Circuit Boardの略であり、文字通り相当の大きさを有する配線回路基板である。
この配線回路基板にはICの他、コンデンサーや抵抗等の電子部品が多数塔載され、機器あるいは装置内に組み込まれ作動制御回路を構成するものであり、ICパッケージと機能、目的が全く異なることは明らかである。そして、配線回路基板30は、回路を印刷してICパッケージ50を実装(ハンダ付け)するプレートであるから、全面がフラットを呈するだけである。
また、「ジグ10」は、ICパッケージ50を上記配線回路基板30の導体36にハンダ付けする際の、ICパッケージ50のリード線90を導体36に正確に位置合わせするための、文字通り治具であり、これもICパッケージと機能、目的が全く異なることは明らかである。
したがって、引用例発明2も引用例発明1と同様、前示相違点(<1>~<3>)の点で本願発明と相違し、本願発明の前記作用効果を奏しえないものである。
第4 被告の反論の要点
1 取消事由1について
(1) ICキャリアの台盤表面とリード支持面との間に段差があるときは、ICキャリアの台盤表面とリード支持面との間の繋ぎ面もしくは壁が存在することは、構造上当然であるから、審決は、本願発明の要旨認定において、本願発明のICキャリアの台盤表面とリード支持面との間に繋ぎ面もしくは壁が存在することを否定するものではない。
原告は、本願発明は、リード支持面の周囲を繋ぎ面もしくは壁によって全て囲っていることを構成要件とするものと理解しているようであるが、このことが構成要件であると認定すべき事項は、特許請求の範囲の欄には記載されていない。したがって、原告の主張は、本願発明はリード支持面の周囲を繋ぎ面もしくは壁によって全て囲っていることを構成要件とする理解を前提とするものであれば、この主張は根拠がなく、失当である。
(2) 引用例発明1は、原告の出願に係るICキャリアであり、そのICキャリアは、図面第1図において、IC保持基盤表面(端部隔壁の表面に相当)、リード支持面、リード支持座(IC押え収嵌部に相当)を有することは明らかである。
また、IC保持基盤表面、リード支持面、リード支持座を有することは、IC保持基盤表面とリード支持面もしくはリード支持座との間に少なくとも段差を有すること及びリード支持面と上記段差とによりリード収容部が画成されることも、図面から明らかである。
したがって、引用例1には、本願発明の「台盤表面から段差を存して形成された」に相当する構成並びに「リード支持面と上記段差とによりリード収容部」に相当する構成が存在するから、審決の認定に誤りはない。
2 取消事由2について
原告が、審決が看過したと主張する相違点<1>~<3>については、相違点をそのように把握するときに、審決がいかなる事項を看過していることになるのか、その理由が明らかでない。
上記のとおり、審決の、引用例1の記載事項の認定及び本願発明と引用例発明1との一致点、相違点の認定に誤りはないから、相違点の看過もないことは明らかである。
3 取消事由3について
引用例発明1の隔壁3を削除すれば、リード支持座の外周に広がるリード支持座と同一平面のリード支持面を囲う隔壁が存在しないことになることは、構造上当然予想しうることであり、また、リード支持面を台盤表面で囲うことはリード受容溝の有無にかかわりなく一般的に行われていることであるから、引用例発明1について、リード支持面(リード支持座及びリード支持面からなる平面)を台盤表面で囲うようにすることは、当業者が必要に応じて適宜採用できることにすぎない。
付言すれば、ICパッケージ用キャリア技術分野において、ICパッケージを保護するために、ICパッケージのリードの支持面とキャリアの台盤表面との間に段差を設け、かつ、リード先端の保護のため、ICパッケージの周囲をICキャリア台盤表面で取り囲むことは、ごく普通に行われていることにすぎない(乙第1号証~第5号証)。
引用例発明2は、ジグ10、プリント配線回路の一部30、フラットパック多重リード構成要素50(ICパッケージ)を基本的に備えている。そして、原告が主張するように、フラットパック多重リード構成要素50(ICパッケージ)は、ハンダ付けによりフラット配線回路盤の一部30に実装されるが、その際、ジグ10はフラットパック多重リード構成要素50(ICパッケージ)のリード線90をプリント配線回路盤30の導体36に正確に位置決めするものであり、フラットパック多重リード構成要素50(ICパッケージ)がハンダ付けされ、その後プリント配線回路盤がジグ10より除去される。
そして、審決が指摘したように、ハンダ付けされたフラットパック多重リード構成要素50(ICパッケージ)は、ICパッケージを取り出すことなしにそのまま運搬の用に供されるものであることは確かであり、この点限りにおいて、引用例2のプリント配線回路盤のリード支持面は、本願発明のリード支持面と共通する。
また、ハンダ付けされたフラットパック多重リード構成要素50(ICパッケージ)の運搬は、ICパッケージ50とプリント配線回路盤30共々運搬されることを意味するから、この限りにおいてプリント配線回路盤30は本願発明のIC台盤に相当するということを意味する。
さらに、引用例発明2において、多くのリード線を仕切りのない一つの支持面で支持させるとき、リード線の数にかかわりなく、多くのリード線を支持できることは、引用例2から読み取れることである。
したがって、引用例発明1のスロット2を取り払えば(言い換えると隔壁3を取り除けば)、多くのリード線を支持できることは、引用例2を参酌することによって十分推測できることである。
それ故、「引用例1も引用例2もICキャリアにおいて技術分野を同じくすることから、引用例2に記載の発明のスロットを有しないリード収容部を参照して、引用例1に記載の発明のスロットを削除すること・・・は当業者が容易に想到し得る程度のことにすぎず、その削除の効果も当業者が予測し得る範囲を超えるものではない。」(審決書9頁11~18行)との審決の判断に誤りはない。
第5 証拠
本件記録中の書証目録の記載を引用する。書証の成立については、いずれも当事者間に争いがない。
第6 当裁判所の判断
1 取消事由1(本願発明の技術的意義の誤認、引用例1の記載事項の認定の誤り)について
(1) 審決は、本願発明の要旨に示す「該リード支持面と上記段差とにより画成されたリード収容部にリードを収容すると共にリード支持面にてリード群を上記各側方に突出された列毎に一括して支持するように構成したこと」との構成につき、「全巾においてフラットなリード支持面を設けた結果としてリード群を一括して全巾にフラットな支持面で支持するものと解されるので、上記『該リード支持面と・・・・・・・列毎に一括して支持するように構成したこと』は、『リード支持面』が全巾において『フラット』であることを更に別の観点から重ねて記載したものにすぎないから・・・リード支持面はその全巾においてフラットな表面から成る上記台盤表面において開放せるリード支持面を備えた面であることを意味するものと解され、このように解するのが相当である。」(審決書4頁7~19行)としている。
しかし、本願発明の要旨によれば、本願発明は、「薄型で略方形を呈する台盤からなるICキャリアであって、該台盤中央部にICパッケージの本体を陥入する該台盤表面において開放せるIC収容部を備え・・・たICキャリア」であって、その「リード支持座」は、「上記IC収容部周囲の台盤部に・・・台盤表面から段差を存して形成され」、かつ、「上記ICパッケージ本体から二側方又は四側方へ突出されたリード群を支持する」ものであり、このリード支持座は、「その全巾においてリード個々を収容するスロットを有しないフラットな表面から成る上記台盤表面において開放せるリード支持面を備え」るものであることが認められる。
この構成を前提として、本願発明の上記「該リード支持面と上記段差とにより画成されたリード収容部にリードを収容すると共にリード支持面にてリード群を上記各側方に突出された列毎に一括して支持するように構成したこと」の意義をみると、この構成は、リードを収容するリード収容部が上記「リード支持面と上記段差とにより画成され」るものであることを規定し、かつ、このように画成されたリード収容部の「リード支持面にてリード群を上記各側方に突出された列毎に一括して支持する」ことを規定したものであることが認められる。
すなわち、本願発明のリード収容部においては、ICパッケージ本体から二側方又は四側方へ突出されたリード群を一括支持するリード支持面が台盤部の台盤表面から段差を持つものとして構成されているから、リード支持面の周囲が台盤部の側壁によって囲まれていることは明らかであり、したがって、本願発明の上記構成をもって、審決認定のように、単に「リード支持面はその全巾においてフラットな表面から成る上記台盤表面において開放せるリード支持面を備えた面であることを意味する」と解することは、本願発明の「リード収容部」を画成する「段差」の技術的意義を無用にし、上記構成の技術的意義を誤認するものというべきである。
被告は、本願発明は、リード支持面の周囲を繋ぎ面もしくは壁によって全て囲っていることを構成要件であると認定すべき事項は特許請求の範囲には記載されていない旨主張するが、上記説示に照らし採用できない。
(2) 引用例1(甲第2号証)の図面第1図で、被告がIC保持基盤表面として主張する箇所、すなわち、リード収容溝2を形成する隔壁3の両端部にIC保持基盤上に立設された部分(端部隔壁)が、IC保持基盤を構成する要素としてどのような機能・作用を有するものか、引用例1の明細書には何ら記載されておらず、また、その上面がIC保持基盤の表面であるとも記載されていないことは明らかである。
むしろ、引用例1(甲第2号証)の「IC保持基盤の上面中央部にIC収容スペースを形成し、該IC収容スペースの周域に多数の隔壁を形成してリード受容溝を画成し」(実用新案登録請求の範囲)、「以下本考案の実施例を第1図乃至第6図に基づいて説明する。1は合成樹脂製のIC保持基盤を示す。該IC保持基盤1の上面中央部に開口を形成し、同開口領域をIC収容部4とする。該IC収容部4の周域に四方に延びる多数の隔壁3を形成し、各隔壁3間にリード受容溝2を形成する。」(同号証明細書4頁15行~5頁1行)、「上記IC押え5をIC保持基盤1へ装着すべくIC収容部4の周辺に隔壁端面によって画成されたIC押え収嵌部14を形成する。」(同5頁末行~6頁2行)との記載からすれば、中央部にIC収容部4である開口が形成され、開口周域と多数の隔壁で形成されたリード受容溝とでリードが支持される平面部分であるIC保持基盤の上面をIC保持基盤の表面と解するのが相当である。
そうすると、引用例1のリード支持座は、IC保持基盤表面と同一の平面に存するもの、すなわち、IC押え収嵌部であるフラットな表面、隔壁及び該隔壁で形成されるリード受容溝がリード支持座を構成するといえるから、IC保持基盤表面に「段差を存して形成され」ているものということはできない。
また、本願発明のリード支持座は、その要旨に示すとおり、「その全巾においてリード個々を収容するスロットを有しないフラットな表面から成る」ものであるのに対し、引用例発明1のリード支持座は、上記のとおり、多数の隔壁3を形成し、各隔壁3間にリード受容溝2を形成するのであるから、その「全巾においてフラット」な表面であるとはいえない。
したがって、引用例1に、「該リード支持座はその全巾においてリード個々を収容するスロットを有するフラットな表面から成る上記IC保持基盤表面において開放せるリード支持面」(審決書5頁13~16行)が記載されているとした認定も、誤りといわなければならない。
2 取消事由2(本願発明と引用例発明1との一致点・相違点の認定の誤り、相違点の看過)について
上記説示によれば、本願発明と引用例発明1とは、リード収容部の構成が、本願発明がIC収容部の周囲の台盤部に台盤表面から段差を存して形成されたフラットな表面からなるリード支持座によりリード群を支持するのに対し、引用例発明1がIC収容部の四側方の基盤表面に設けたリード個々を収容するスロットにより支持する構成であり、この点で相違することは明らかである。
したがって、引用例発明1に、本願発明の「台盤表面から段差を存して形成された」に相当する構成並びに「リード支持面と上記段差とにより画成されたリード収容部」に相当する構成が存在することを前提とした、審決の一致点の認定は誤りであり、また、この点において相違点を看過したものである。
3 取消事由3(相違点(2)の判断の誤り)について
上記のとおり、本願発明と引用例発明1とは、リード収容部の構成が、本願発明がIC収容部の周囲の台盤部に台盤表面から段差を存して形成されたフラットな表面からなるリード支持座によりリード群を支持するのに対し、引用例発明1がIC収容部の四側方の基盤表面に設けたリード個々を収容するスロットにより支持する構成で相違するところ、本願発明のリード個々をスロットに入れないでリード群列を一個の収容部に収容しフラットな段差付きリード支持面に一括支持するという思想と、引用例1の「IC収容スペースの周域に多数の隔壁を形成してリード受容溝を画成し」スロットに入れて保護するという思想とは、原告主張のとおり、互いに逆の技術的思想を基礎として成り立っているものというべきである。このことは、本願明細書の、「又本発明によればICパッケージ本体をIC収容部に陥入しつつリード群をリード収容部に収容しリード支持面に支持するので、各収容部を包囲する台盤のフレームにて上記リード及びICパッケージ本体の保護目的が有効に達成でき、加えてリード支持面における台盤表面の開放部からリード収容部内ヘソケットのコンタクト群を受け入れて同支持面上に支持されたリード群に接触する機能をも確保し、従来の如くコンタクトがリード収容スロット隔壁に乗り上げて損傷する問題も併せて解消できる。」(甲第15号証明細書6頁25行以下)との記載からも容易に理解できるところである。
また、引用例1のスロットを削除したのみでは、ICリード全体が基盤表面と同一の平面に存する支持座の支持面に無防備な状態で露出されることになり、リード側面ばかりか、リード先端面が外因により損傷をうけることが予想されるのに対し、本願発明においては、「リード支持面と上記段差とにより画成されたリード収容部」により、前示の格別の作用効果をもたらすものと認められる。
被告は、ICパッケージを保護するために、ICパッケージのリードの支持面とキャリアの台盤表面との間に段差を設け、かつ、リード先端の保護のため、ICパッケージの周囲をICキャリア台盤表面で取り囲むことは、ごく普通に行われていることにすぎないと主張し、公開特許公報若しくは公開実用新案公報(乙第1~第5号証)を援用する。
しかし、これらは審決が引用したものではないうえ、実開昭61-117177号公報(乙第1号証)、特開昭60-99881号公報(乙第4号証)及び実開昭62-41683号公報(乙第5号証)は、いずれもリード個々を各スロットに個別に挿入して保護するICキャリアを示すだけのものであり、また、特開昭61-120434号公報(乙第2号証)及び実開昭60-109325号公報(乙第3号証)は、チップキャリアに関するものであって、ICキャリアに保持されるICパッケージそのものを示すにすぎないから、それ以上に、隔壁を削除することを示唆するものではなく、これらにより、本願発明における「段差」の目的、機能を予測することも困難である。
また、引用例2に記載された「P.C.Bの一部分30」はプリント配線回路基板であって、この配線回路基板にはICの他、コンデンサーや抵抗等の電子部品が多数塔載され、機器あるいは装置内に組み込まれ作動制御回路を構成するものであり、ICパッケージと機能、目的が全く異なることは明らかである。そして、配線回路基板30は、回路を印刷してICパッケージ50を実装(ハンダ付け)するプレートであるから、全面がフラットを呈するだけであると認められる。
また、「ジグ10」は、ICパッケージ50を上記配線回路基板30の導体36にハンダ付けする際の、ICパッケージ50のリード線90を導体36に正確に位置合わせするための、文字通り治具であり、これもICパッケージと機能、目的が全く異なることは明らかである。
したがって、引用例発明2を引用例発明1のICキャリアに適用すれば本願発明の構成に容易に想到できると直ちにいうことには論理の飛躍があり、理由不備というべきである。
4 結局、審決は、本願発明と引用例発明1との一致点の認定を誤って相違点を看過し、この相違点につき判断をしていないうえ、上記のとおり、審決の相違点(2)の判断もまた理由不備なものといわなければならないから、審決は違法として取消しを免れない。
よって、原告の請求を認容することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 芝田俊文 裁判官 清水節)
審決書訂正一覧表
審決書訂正箇所 誤 正
2頁 2行 3月30日 3月10日
3頁 6行 10行 台盤表面 リード支持座
3頁13~14行 17行 18行 リード支持座面 リード支持座
3頁20行 台盤面上 台盤表面
4頁 1行 18行 座面 面
4頁11~12行 16行 リード支持座面 リード支持面
4頁17行 台盤面上 台盤表面
9頁15行 相違点(1) 相違点(2)
平成6年審判第1605号
審決
東京都大田区千鳥2-8-16
請求人 山一電機工業 株式会社
東京都大田区西蒲田7-46-9 月村ビル5階 中畑国際特許事務所
代理人弁理士 中畑孝
昭和63年特許願第57898号「スロットレス形ICキャリア」拒絶査定に対する審判事件(平成1年9月26日出願公開、特開平1-240478)について、次のとおり審決する。
結論
本件審判の請求は、成り立たない。
1. 本件出願の経緯・本件発明の要旨
本件出願は、昭和63年3月30日の出願(特願昭63-57898号)であって、本件発明の要旨は、平成6年2月18日付けの手続補正書により補正された明細書及び図面からみて、特許請求の範囲に記載された次のとおりの「ICキャリア」にあるものと認められる。
「薄形で略方形を呈する台盤からなるICキャリアであって、該台盤中央部にICパッケージの本体を陥入する該台盤表面において開放せるIC収容部を備え、該IC収容部に陥入されたICパッケージ本体を該IC収容部内に保持するロック手段を備えたICキャリアにおいて、上記IC収容部周囲の台盤部に上記ICパッケージ本体から二側方又は四側方へ突出されたリード群を支持する台盤表面から段差を存して形成されたリード支持座を有し、該リード支持座はその全巾においてリード個々を収容するスロットを有しないフラットな表面から成る上記台盤表面において開放せるリード支持面を備え、該リード支持面と上記段差とにより画成されたリード収容部にリードを収容すると共にリード支持面にてリード群を上記各側方に突出された列毎に一括して支持するように構成したことを特徴とするスロットレス形ICキャリア。」
なお、上記台盤表面が全巾において「フラット」であることは全巾において個々のリードを収容する「スロット」を有しないことを意味し、逆にその全巾において個々のリードを収容する「スロット」を有しない台盤表面はその全巾において「フラット」であることを意味するものと解されるので、上記の「その全巾において個々のリードを収容するスロットを有しない」は、「リード支持座面」が全巾において「フラット」であることを別の観点から重ねて記載したものであって、これ以外の特別の構成要件を規定するものとは解されないので、「該リード支持座面は全巾において・・・・・・・支持面を備え、」は、リード支持座面はその全巾においてフラットな表面から成る上記台盤面上において開放せるリード支持面を備えた座面であることを意味するものと解され、このように解するのが相当である。
また、上記「該リード支持面と上記段差とにより画成されたリード収容部にリードを収容すると共にリード支持面にてリード群を上記各側方に突出された列毎に一括して支持するように構成した」ことは、全巾においてフラットなリード支持面を設けた結果としてリード群を一括して全巾にフラットな支持面で支持するものと解されるので、上記「該リード支持面と・・・・・・・列毎に一括して支持するように構成したこと」は、「リード支持座面」が全巾において「フラット」であることを更に別の観点から重ねて記載したものにすぎないから、上記「該リード支持面と・・・・・・・列毎に一括して支持するように構成したこと」は、リード支持座面はその全巾においてフラットな表面から成る上記台盤面上において開放せるリード支持面を備えた座面であることを意味するものと解され、このように解するのが相当である。
2. 引用例に記載された発明
一方、原査定の理由において引用した本件出願の出願前に頒布された刊行物、実開昭61-193083号のマイクロフイルム(以下、「引用例1」という。)には、下記の如きICキャリアが記載されている。
薄形で略方形を呈するIC保持基盤からなるICキャリアであって、該台盤中央部にICパッケージの本体を陥入する該IC保持基盤表面において開放せるIC収容部を備え、上記IC収容部周囲のIC保持基盤部に上記ICパッケージ本体から四側方へ突出されたリード群を支持するIC保持基盤表面から段差を存して形成されたリード支持座を有し、該リード支持座はその全巾においてリード個々を収容するスロットを有するフラットな表面から成る上記IC保持基盤表面において開放せるリード支持面を備え、該リード受容溝は、該リード受容溝と上記段差とにより画成されたリード収容部にリードを収容すると共にリード受容溝にて各リードを上記各側方に突出された列毎に支持するように構成したことを特徴とするICキャリア。
そして、引用例1の明細書及び図面を参酌すると、引用例1に記載の発明のIC保持基盤と本件発明のIC台盤が指し示すものが同じであることから、引用例1に記載の発明のIC保持基盤は本件発明のIC台盤に相当することは明らかである。(なお付言すれば、上記引用例1と同様のICキャリアは、米国特許第3529277号明細書、実開昭62-193733号公報、実開昭62-193734号公報及び特開昭58-56444号公報にも記載されている。)
3. 本件発明と引用例1との対比
そこで、本件発明と上記引用例1に記載の発明を対比すると、下記の点で相違し、その余の点で一致するものと認められる。
(1) 本件発明が「台盤からなるICキャリアにおいて、該IC収容部に陥入されたICパッケージ本体を該IC収容部内に保持するロック手段を備えた」のに対して、引用例1に記載の発明がICキャリアの台盤に屈撓ヒンジを介して設けられたロック手段を備える点。
(2) 本件発明が「リード収容部においてリード個々を収容するスロットを有しない」のに対して、引用例1に記載の発明がリード収容部においてリード個々を収容するスロットを有する点。
4. 相違点についての考察
(1)相違点(1)についての考察
他方、本件発明の「台盤からなるICキャリアにおいて、該IC収容部に陥入されたICパッケージ本体を該IC収容部内に保持するロック手段を備えた」ことは、本件出願の出願前に頒布された刊行物、米国特許第3529277号明細書、実開昭62-193733号公報、実開昭62-193734号公報及び特開昭58-56444号公報等に記載されており、ICキャリア技術分野において、ICキャリアの台盤にロック手段を設けること、すなわち、上記相違点(1)は本件出願の出願前において周知慣用された技術にすぎない。
(2)相違点(2)についての考察
引用例1に記載の発明において、リード収容部にスロットを設ける主旨からして、個々のリードを受容するためのスロットを有し、そのスロットが個々のリードの巾に応じた巾、リード同士の間隔に応じたスロット間隔に設けられたリード受容部に適合するリード群しか受容できないことは明らかである。また、そのスロットを削除すれば、スロット巾、スロット間隔にとらわれないリード群を一括して受容できることもその主旨から導き出される自明の技術事項である。
そして、ICパッケージのリード群をスロット巾、スロット間隔にとらわれずにフラットなリード収容部に受容するICキャリアが原査定の理由において引用した本件出願の出願前に頒布された刊行物、特開昭60-99542号公報(以下、「引用例2」という。)に記載されている。
なお、出願人は、引用例2に記載の発明はICキャリアではなく、位置決め治具と主張するが、引用例2に記載の発明において、リード線は基台に固定された状態で回路基盤にはんだ付けされた後基台より解放され、回路基盤に固定されたICパッケージはそのまま運搬され使用に供されるものであるが、回路基盤の有無に関わりなく回路基盤は本件発明のIC台盤に相当するものと解することができる。したがって、引用例2に記載にされた発明は本件発明のICキャリアに相当するものであるから、出願人の上記主張は当たらない。
したがって、引用例1も引用例2もICキャリアにおいて技術分野を同じくすることから、引用例2に記載の発明のスロットを有しないリード収容部を参照して、引用例1に記載の発明のスロットを削除すること、すなわち、上記相違点(1)は当業者が容易に想到し得る程度のことにすぎず、その削除の効果も当業者が予測し得る範囲を超えるものではない。
5. 結び
以上のとおりであるから、本件発明は、本件出願の出願前の周知慣用技術を参酌しつつ、本件出願の出願前に頒布された引用例1及び引用例2に基づいて、本件出願の出願前に当業者が容易に発明できたものである。
それ故、本件発明については、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
よって、結論のとおり審決する。
平成7年2月24日
審判長 特許庁審判官 (略)
特許庁審判官 (略)
特許庁審判官 (略)